特別インタビュー

お客様ファーストを掲げるいわき平競輪木村所長

2024/04/29

お客様ファーストを掲げるいわき平競輪木村所長

 

いわき平競輪場で行われていた開設73周年記念いわき金杯争奪戦の4日間の総売上は目標の52億円を大きく上回る6629064300円を達成。お客様ファーストを掲げる木村丈二所長にお話を伺いました。

  

お客様第一

 いわき平競輪がいわき平競輪である所以、ベクトルは『お客様ファースト、お客様第一でありたい』。これはハード面に凝縮されています。

 

○ハード面

 サイクルパーク構想を断念

 これは5代前の所長であった根本さんが担当係長、私が担当者であった頃の話です。平成の中頃にサイクルパーク構想というものがあり、市街地から競輪場を移転しドームを建設するというものでした。当時、前橋と小倉はドームでしたが建設費用に最低200億円かかるといわれていました。先人から貯めてきた基金が約175億円ありましたが、イニシャルコストしか考えずランニングコストの面で断念。現有地で建て替えましょうということになりました。

 

 建て替え検討から木村所長も当時の一担当者として参画

国内唯一の内側から観戦できる競輪場の建設へ

 まず福島競馬場を見に行きました。そこは内側からレースを見ることができる。『内側から30度のカントを走る圧巻のレースを見せてあげたい』と思いましたね。もちろんこんな意見もありました。バンクの内側からワンカップを投げられたらどうするんだとか(笑)。それには何百人も警備を置くと説得するなど、安全対策を取ることができれば許可するというところまでの道のりは簡単ではありませんでした。

 

施設周辺の大渋滞の緩和

旧競輪場は3万平米の敷地いっぱいに施設が建てられ、周りに駐車場、渋滞がひどかったですから。本場開催最終日の夕方は、隣町の内郷まで1時間とか。そしてバンクの下に駐車場を置くことにしました。雨の日でも傘をささずに入れますから。

 

 長い直線と急なカントにも木村所長の思いが詰まる

旧バンクはカントが浅いお皿バンクで先行が有利だったんですよね。お客さんとしては面白くない。ゴール前まで迫力のレースをお見せしたい思いがありましたし、別線を買ってくれるバンクにしたかった。

 

 ○ソフト面

 3年にも及ぶコロナ禍を経て

 まずはコロナ対応ですね。令和2年2月27日から同年6月21日までの間、本場開催は無観客、場外発売は中止。その間、4月(24日~26日)には一節を中止。5月の静岡ダービーが中止、高松宮記念杯は無観客。そして、7月のいわき平サマーナイトフェスティバルをどうするか? お客様にレースを見せない特別競輪はありえない。見てもらうために手を挙げているのだと。当時の市長にお願いし、福島県民限定で1000人に入場していただくことにしました。あの時は県境をまたぐ往来が制限されていましたから。これには3団体(JKA、全国競輪施行者協議会、日本競輪選手会)からも有観客開催に対して感謝の意が示されました。そこがいわき平の骨格。ハード面、ソフト面ともにお客様を大事にしたい。根っこはそこです。

 

  地域に開かれた競輪場として

 いわき市はパラサイクリングのナショナルチームの拠点になっています。パラサイクリング連盟がいわきFCパーク内にあり、本場開催がないときなどにはバンクを開放しています。月に1回、市民にも開放しています。小学4年生の社会科の副読本にも競輪場が紹介されています。これまでは競輪を紹介している副読本があったのは弥彦村だけでしたが、市としてはいわき市が初めてになります。数年前、104の小中学校の普通教室にエアコンを整備しようということになりましたが、その一部に競輪事業の収益金が使われています。副読本にはオリンピック競技やそういう施設があるということが書いてあって、決してギャンブルをやってくださいということではないですよ(笑)。昨年の春には子供達が遠足で来てくれました。山崎芳仁選手のスピード、優勝すれば億円のレースがある話にも驚いていましたね。

<バンク解放事業の様子>

 

 ○ダービーに向けて

 競輪全体を考えるのが特別競輪

 特別競輪は名前の通り特別なもの。いつものお客様に見てもらいたいのも事実。他から来て見てもらいたいのも事実。ただし自分の競輪場だけという考えは捨てて、競輪全体のことを考えてやるのが特別競輪です。

 

 いわき市は十字架を背負ってやる覚悟

 グランドオープンから2年後に東日本大震災、施設が新しいこともあり競輪場はほとんど被害がありませんでした。そしてここは防災拠点になったんです。8500人が入る施設で受水槽があり、ナイター設備があるから発電設備もある。究極の防災拠点になるんです。全国、世界各地からの支援物資の拠点になりました。支援を受けたシンボルとして、感謝の気持ちを返さないといけないという十字架を背負っています。激甚災害が起きたときには支援をすることを約束し、副名称として○○支援を付けることにしています。支援を受けたことを絶対に忘れない、感謝を忘れない。これは宿命だと思っています。

<東日本大震災直後のバンク下の様子>①支援物資の山 

<東日本大震災直後のバンク下の様子>②自衛隊の支援車両

 

 熊本とつながる運命

 2017年と2018年のオールスター競輪のイベントでは八代亜紀さんに来ていただきました。熊本がご出身で熊本地震を経験されていたからこそ快諾いただけたのだと思います。実はダービーも内諾をいただいていましたがこんなことになり…。八代さんは恩人です。熊本にどうやって恩返しをすればいいかと。福島と熊本はかすみ草の2大産地であり、花言葉は感謝。春夏は福島、秋冬は熊本が出荷の最盛期。熊本競輪場の西所長に、「熊本再開のときにはかすみ草を大量に送るよ」という話をしています。感謝の気持ちを忘れずにしたい。

 

 お客様へ

 ダービー期間中に東京駅からいわき平競輪場までの無料バス運行を考えています。これも一つの体現です。G1最高峰の迫力のあるレースを楽しんでいただきたいし、競輪を一年間通して楽しんでいただきたい。ダービーもお客様ファーストです。

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